浪花節をレコードで聴く⑫

広沢菊春『甚五郎の蟹・陸奥間違い』(ローオンレコード)

●『甚五郎の蟹』:江戸へやって来た左甚五郎。日本橋の脇にある餅屋の前を通ると、売り物の餅を盗んだと一人の男の子が問い詰められている。甚五郎が事情を聞き、金を払うから許してやって欲しいと言い、子どもに餅を食べさせるが、持ち合わせのないことに気付く。そこで、代金のかたに蟹を一匹彫り上げる。餅屋の主人は「もう少し気の利いた蟹を彫れ」と思い、煙管の首で甲羅を叩くと、その蟹が動き出した。餅屋は餅を一皿食べれば蟹を叩かせるという商いに出て、一躍話題の店となる。のちに現われた甚五郎は、子どもは神様からの預り者だから大切にして欲しいと蟹を与え、自分の素性を明かして餅屋を去っていく。

●『陸奥間違い』:大晦日、御台所小納戸役の穴山小左衛門は30両の金が必要であるのに、金策がうまくいかない。そこでかつての同僚松納陸奥守の元へ、田舎者の奉公人千助を使いに出す。ところが江戸が不案内な上に、使い先を忘れてしまったので、持っていた手紙を人に読んでもらうと、外様ではあるが大大名である「松平陸奥守」と読み間違えられてしまう。千助は早速、松平家を訪ねて手紙を渡すと、その封書を読んだ松平公は普段はにらみ合っていながらも、こうして敬意を表した欠字を使ってあるので、無心に応えてやることにし、三十両は三千両の間違いだと、その他の貢ぎ物とともに渡すことに。それを知った小左衛門は丁重に断るが、伊達家の使者がそれならば腹を切ると言う。間違えたのは自分であるから、腹を切るなら自分であると、小左衛門は江戸城へ駆け付けると、そこで松平伊豆守と対面する。事情を聞いた伊豆守は相手が相手だからと、将軍家綱の指示を仰ぐも、家綱は何でも周囲の意見に「そーせー」のひと声で決める「そーせー」様。そこで伊豆守の判断で小左衛門は許され、その後、陸奥守は伊達家のみの職名となり、松納陸奥守は河内守となる。

●落語芸術協会(当時・日本芸術協会)の定席に出演し、座り高座で、落語から移した浪曲等を演じた広沢菊春。親交の厚かった三代目桂三木助は『ねずみ』を菊春に譲り、その代わりに『加賀の千代』をもらったという。その甚五郎物の一つであり、甚五郎が江戸へやって来てすぐの話である『甚五郎の蟹』と、今も浪曲で聴くことのできる『陸奥間違い』の2席を収めている。『陸奥間違い』では武士の世界とそこで交わされる人情を丁寧に描いているのに対して、『蟹』では胴声で唸る節の中で、そっとつぶやくように声を落として聴かせたり、細切れの節でその楽しさと情景の滑稽さを伝えようと(このあたりは澤孝子も継承している)、菊春節の特徴の両方を楽しめる。興味深いのは『蟹』で、餅をうまそうに食べて、拍手が起こるまで?食べ続けるなんていうのは、いかにも寄席で鍛え、滑稽読みをした師だからこその演じ方。そのサゲ方も「冗談落ち」のようで、浪曲の寄席読み(←勝手に作った言葉)を楽しめる。どこの会場であろうか、ライブ収録でお客の笑い声や楽しんでいる姿を知ることができるのも貴重だ。『蟹』を演じる落語家は数人いるが、講談で言えば『三方目出鯛』と呼ぶ『陸奥間違い』を落語に移して演じる人も、近年、現われた。落語と浪曲の交流はまだ続いている。曲師は木村きよこ、佐々木つやこ。(2021.09.18.)

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