浪花節をレコードで聴く⑤

冨士月の栄『大阪大空襲』(ローオンレコード)

●夫を戦争に取られた安田清子は、残された家族と北船場の丸安という商店を守っている。そんな清子が、今は奈良に疎開をしている一人息子の健一に会いに行く。健一は身体も細くなり、おねしょの癖も栄養失調で止まってしまったという。久し振りに会った母親に一緒に大阪へ帰りたいと言う健一に、清子はニューギニアで戦っている父親のことを考えなさいと声を掛ける。健一は昭和20年3月13日に大阪で大空襲があったことを知り、母親の様子をひどく心配をするが、母親の無事を知る。ところが、連日連夜続く空襲に、居ても立ってもいられなくなり、6月1日の大空襲の日に大阪へと駆け付ける……。

●”泣かせる浪曲”で一時代を作った冨士月の栄の十八番。『海ゆかば』や『母ちゃん死ぐのはイヤだ』等の戦争物もあるが、やはり、徹底して戦争に遭った人たちの悲しさを描いたこの『大阪大空襲』がいい。特に、このレコードではギターやBGMをふんだんに用いて、話の芯を太いものにしている。その芯から発するように、話の中で動き始める登場人物達の言動と同時に、あふれ出てくる家族に対する思いが、ふり絞るように唸る、特徴ある独特なこぶし使いで、主人公の母親清子の慈愛を描き出してみせる。疎開で辛い思いをしている健一が、自分を抱きしめる母親に向かって「僕の頭へそんなくっつけたらな、シラミ移るで」「移って頂戴、健一の身体についたシラミならお母ちゃん喜んで、みんな大阪へ持って帰ったげる」とそっと声を掛ける様子。そして、大空襲で母親の行方が知れぬという時に「死んだらいやや」と周囲をはばかることなく泣きわめく様子、更に、母親と再会できた時に涙を飲み込む様子を力強く演じる姿には、やはりグッとさせられる。義母と嫁との空襲をきっかけにした和解が描かれたかと思うと、抑揚なく空襲の悲惨さを語る様子と、節にも啖呵にも「泣かせる」様子がたっぷり詰まった一席に仕上がっている。作者は新野新、曲師は阪口つや子、ギターは冨士久栄。(2021.09.06.)

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