浪花節をレコードで聴く⑲

先代広沢虎造「森の石松・金比羅代参/三十石船」(ローオンレコード)

●「金比羅代参」:清水次郎長が石松を呼び、自分の代わりに四国の金比羅様へ行ってきてくれと頼む。何でも今から七年前、名古屋は鯱長兵衛の仇討で代官の竹垣三郎兵衛と保下田の久六を討ち果たすことができたのは、金比羅様へ願掛けしたからで、そのお礼参に行ってきて欲しいというのだ。ところが一つ条件があって、道中、酒は一滴も飲んでくれるなと言う。石松はその言い方に腹を立てて次郎長と喧嘩になるが、大政が間へ入り、金比羅代参へと向かうことに。そしてその帰り道、大阪見物を終え、京都に立ち寄ろうと思った石松は、伏見へ向かう三十石船に乗り込む……。

●「三十石船」:大阪八軒家から三十石船に乗り込んだ森の石松。船の中ではどこからかお国自慢や名物自慢の話がはじまる。すると博打打ちの話になって、街道一の親分の名前として清水次郎長の名前が出たので、石松は喜んで手元にあった酒や寿司を振る舞う。ところがどの子分が一番強いかを尋ねると、大政、小政、大瀬の半五郎、増川仙右衛門、法印大五郎……と挙がるが、自分の名前が出て来ないことに腹を立てる。そして最後の最後で自分の名前がやっと出てきたが、「石松は人間が馬鹿だ」と言われ、おまけに巷で唄われている子守唄を披露されてがっかりする。笑い声が響く中、船は伏見へと到着する。

●やはり浪曲で、この演者のこの一作を選べと言われれば、二代目広沢虎造の「清水次郎長伝」のこの二場になるのか。やくざという義理人情に命を張った世界に生きながらも、どこか人間臭い様子を見せる次郎長親分と子分の石松。その甘え合っているような姿を、まず虎造はそのどっしりとした錆のある声で滑稽に描いていく。まさに肩を張らずに気軽に聴け、フッとでも、ゲラゲラとでも笑いながら聴くことのできる娯楽浪曲の名場面だ。「金比羅代参」では二人の喧嘩を呑気に見ているような大政小政の様子も浮かび上がってくるようで、石松を諫める大政の言葉にも一含蓄?ある。ちなみに鯱長兵衛の仇討は、次郎長の愛妻であるお蝶の敵討ちであり、そのお蝶が最も可愛がったのが石松であったことから、次郎長は石松に代参を頼む訳で、石松にしてみれば、まさかこの旅が親分との別れになるとは思っていなかったはずで(遠州まで戻ったところで都鳥一家に騙されて殺されてしまう)、だからこそ石松の生き方には寂しげな虚無感が漂う。虎造はそれを「♪うがい手水で身を浄め、支度をなして表へ出る、跨ぐ敷居が死出の山、雨垂れ落ちが三途の川、そよと吹く風無常の風、これが親分兄弟分に、一世の別れになろうとは、夢にも知らず石松は、清水港をあとにする」と唸ってみせるが、まさに名文句である。そうした展開が待ち受けるにも関わらず、船の上では大騒ぎ。そこで見せる無邪気さが石松の魅力であり、無邪気さが命を落とす原因にもなる。「飲みねえ、飲みねえ、寿司食いねえ、もっとこっちへ寄んねえ、江戸っ子だってなあ」「神田の生まれよ」というやり取りがまた楽しい、浪曲で最も知られる森の石松の全てが詰まった場面である。ローオンレコードもまた広沢虎造の音を出していたか……と思わせる一枚。曲師は森谷初江。(2021.10.19.)

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