浪花節をレコードで聴く⑰

近江源氏「左甚五郎~智恩院の巻」(ローオンレコード)

●大阪天王寺猫門の普請を終えた左甚五郎が、三十石船で京都は伏見へやって来ると、ある餅屋の前で一人の男の子が痛い目に遭っているところへ出くわす。ただ食いしたという餅の代金を甚五郎が出してやり、子どもに事情を聞いてみると、父親は大工であったが怪我をしてしまった。三年の間、寝たきりになっている間に、母親と弟子の仁兵衛が仕事場を乗っ取ってしまい、今は父子で貧乏暮らしをしていると言う。父親からは江戸に出て大工になれ、甚五郎の元を訪ねれば弟子にしてくれると言われたと話をする。それを聞いた甚五郎が名乗り、子どもの父親である金五郎に会いに行く。そして金五郎に30両の金を渡し、有馬温泉へと湯治に向かわせる。甚五郎が金五郎をもう一度男にしてやりたいと思っていると、京都所司代から知恩院の普請を頼まれる。甚五郎は早速図面を引くが、その話を耳にした仁兵衛が邪魔をするので、肝心の大工が集まらない。そこで甚五郎は天王寺の普請の時に恩を売った浪花の吉兵衛に手伝いをお願いすると、大工50人が甚五郎のもとへやって来る。ところがまたしても普請の邪魔をする仁兵衛。そこへ湯治で身体を治してきた金五郎が帰ってきて、命を捨てる覚悟で甚五郎と知恩院の普請に取り掛かる……。

●関西の重鎮であった近江源氏丸が「近江源氏」を名乗っていた頃の音。その芸風はいたって重厚で、自分の節を自信たっぷり気に唸る。前半は『甚五郎の蟹』と同種であるが、この話では助けた子どもが以前に世話になった仲間の息子と知って……という展開になる。源氏丸の描く甚五郎は、フラッとしたとぼけた風貌ではなく、貫禄たっぷりの立派な姿であるのが特徴だ。それもまた源氏丸の芸風が生み出す甚五郎の姿ということなのだろう。ジャケットの立ち姿からも、どことなくその貫禄がうかがえるw。外題付けの直後にマクラのような話を差し挟んだり、人情のやり取りの合間に、ちょっとした滑稽な言葉を挟み込んだりと、ケレン味の大家たる様子も見せるが、やはり、その啖呵や節を聴くと、ドッシリとした演目が似合うのではないかと思わされるのは、この人情噺風の『左甚五郎』に臨む様子に浪曲師としての貫禄がうかがえるからか。曲師は松浦有岐子。(2021.10.13.)

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